今回のテーマは「愛」、様々な愛の表現をご覧ください(掲載順:50音順)
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愛を(愛嬌をもって)振る舞う事は時として棘になって自身を傷つける、
そんな道化師のような少年のイメージです。
昔々、ある小さな国の人たちには
ふしぎな力がありました。
その国に住んでいる人は
一生に一度だけ
"アイ"を目に見える形にできるのです。
それは、ふしぎな力がある石かもしれません。
それは、ドロドロとまとわりつくヘドロかもしれません。
それは、その相手自身を呑み込む水かもしれません。
一生に一度だけ。
その"アイ"をどう使うかはその人次第。
その小さな国の人たちは
それがたとえどんなものであっても、
それを受け入れて生きてきました。
「そのアイを受け取ることが愛なのだから」と。
その小さな国の人たちは幾年幾月とそれを実践していたのですが、それはときに大きな幸せを呼び、ときに厄災をもたらしてきました。
それに困ったある代の王様が隣国の研究者を
国に呼び解決を求めました。
最初は自国の魔術師や祈祷師などに命じたのですが、
"アイ"とは強い力を持つものであったため
その現象に関与できなかったのです。
研究者は性格はともかく、とても熱心な人でした。
石を調べ、ヘドロを調べ、水を調べ、渡した相手と渡された相手の関係や人間性を調べました。
薄々わかっていたことですが、
渡す"アイ"の心によって見える形は変わります。
そして、研究者はもう一つ気づいたことがあります。
最初は「気のせいか?」とも思ったのですが、聞き込んでいるうちに、それは確信へと繋がりました。
【この国の人たちは"悪意"がないのです】
1人の女の子を複数人で叩いていました。
「そんなことをしてはいけないよ?」
「なんで?コイツの物覚えが悪いから教えているのに」
「そうなのかい?でも、叩く必要はないんじゃないかな?」
「叩いた方がよく覚えるんだよ?」
その瞳は純粋に"なにがダメなの?"と悪意が見えません。
「いいんです。私が悪いから…」
叩かれてた女の子は申し訳無さそうに笑ってました。
ある男女の会話です。
「ねぇ、私を愛してる?」
「もちろん。愛してるよ」
「嬉しいわ。ねぇ、愛してるなら一緒に湖の畔の家に住みましょう?私、あの水色の屋根の家に住みたいわ!」
「ああ。水色の屋根の家?あそこには爺さんが住んでなかったかい?」
「ええ!ええ!でも、もうお年よ?1人であんな良い場所に住んでても意味ないじゃない?だから、私たちが住んであげましょう?きっとお家も喜ぶわ!」
「そっか!そうだね!そうしよう。たしか、納屋に斧があったよね?」
その男女はご機嫌に笑いながら歩いて行きました。
お婆さんが1人うずくまってました。
「どうしました?」声をかけてお婆さんの肩に軽く触れると"バチッ"と電気が流れました。
「痛っ?!!」
「ああ、ああ、ごめんなさいね。大丈夫だから、どうか私に触れないで」
「ど、どうしたんですか?」
「これはね、これは、死んだ夫のアイなんだ。あの人ね、私が大好きだから、誰にも触れて欲しくないからと、形にしたアイを私の体に入れたんだ。だから、誰にも私は触れれないんだよ。」
そう、苦しみながら胸を擦るお婆さんの身体は弱々しく腕は腫れていました。
「お婆さん、訳はわかりました。でも、腕はどうしたんですか?」
「ああ。数日前に転んでしまってねぇ」
「お医者様にはかからないんですか?」
「どうしてだい?腕を見せたらお医者さんは私を触るだろう?夫のアイを裏切りたくないんだ」
お婆さんは苦しそうに、でも、幸せそうに微笑んでいました。
悪意がないから、それが悪いことだとわからずに"それ"をアイとして渡してしまう。"それ"をアイとして受け取ってしまう。
【この国は狂ってる】
研究者は王様の元に調べた結果を伝えに行きました。
"アイの形が渡す人の心によって変化すること"と。
それから、世間話をするようにこの国の人たちは"どうしてこんなにも幸せそうなのか?"と尋ねました。
王様は気分を良くしながら教えてくれました。
昔々、王さまが生まれるずっと前のお話です。
小さな国は一度崩壊の危機がありました。
なにがあったのか、覚えている人はいません。
ただ、崩壊の危機があったのです。
そのときに国をすくったのは1人の精霊でした。
精霊は王族につかえる召使いに伝えました。
「私はこの国を救いました」
「なにがあったのか、きっとみんな忘れてしまうでしょう」
「私はこの国のみんなを愛してます」
「みんなが争わず笑顔であることを」
「みんなが善良であることを」
「みんなが幸せであることを」
精霊はそう、伝え終わったら湖の中へと消えたそうです。
「なるほど。とても素敵なお話ですね」
「そうだろうそうだろう!だから、この国のみんなは幸せでみんな笑顔なんだ。」
「僕が来るまであまり人が出入りしなかったのも?」
「ああ。そうだ。私の代までは本当に隣国の者たちとは関わりがなかったのだ。この国の者以外が来ると"争い"が起こってしまうだろう?だから、君が野蛮な人間だったらどうしようかと思ったりもしてたんだ。すまない。」
「恐縮です。僕なんかを招き入れていただけたことを光栄に思います。」
互いにニコニコとしながら、会話をしているが、研究者の心は荒れていました。
魔術師や祈祷師が「無理だ」と言った理由は、おそらく住民たちの"アイ"ではなく、精霊の"アイ"の力が強く無理だったのだろう。
割の良い仕事だと思った。現象事態は不思議だし、ほぼ鎖国状態だった国に入れることに好奇心もあって、首を突っ込んだ。自業自得ではあるが、とんだハズレくじを引いた気分でした。
「それで、問題は解決しそうかね?」
研究者は王様の一言で、我に返りました。
「ええ。そうですね。僕が調べたところ問題はとても複雑で…。王様はどうお考えなんですか?」
研究者は正直もうこの問題に関わりたくありませんでした。
しかし―――
「ふむ。私は大きな災いさえなければそれでいいと、思っているんだ。みんなが笑って暮らせる、そんな国であれば。」
「みんなが笑って暮らせる国、ですか?」
―――研究者の脳裏に先程のお婆さんが浮かびました。
「ああ。争いがなくみんなが善良で」
―――先程の男女が浮かびました。
「幸せならそれで―――」
―――先程の女の子が浮かび「クソみたいですね。」
つい、本音が口から出てしまいました。
「は…?」
「ゴッホン!!ゴホッゴホッ!失礼。間違えました。」
研究者はもう関わりたくありませんでした。
しかし、研究者は性格はあまり良くない守銭奴でしたが、今の状態のまま放って置くこともできないお人好しでもありました。
「王様。王様のお考えはとても素敵なことですね!僕はそのお考えに感激しました!」
研究者は気持ちを切り替えるように、にこやかな顔を作り王様に語りかけます。
「なので、その王様のお考えの源である精霊に僕はお会いしたいのですが、それは難しいでしょうか?」
研究者の発言に、目をパチパチと見開いた王様は、少し考えるように髭をいじります。
そして「その話し以来、精霊とあった人間はいるにはいるが…」と口を濁らせます。
「どうしたのですか…?」
「いるにはいるが…、正直これは勧めない」
「どういうことですか?」
「あれは、そう、湖を汚して精霊を怒らせた輩がいてな。その者は怒れる精霊を見たらしい…。しかし、心がやられてしまってな。「この国の人間は間違っている!」などと、宣い、自害したのだ。」
「そうだったのですね。とても心苦しいお話を話していただきありがとうございます。」
「ああ。だから、調べるためと言っても湖を汚すことだけは注意したまえよ」
「ご警告痛み入ります。しかし、湖の周辺を調査するのは?」
「それくらいならば、かまわない。引き続き頼むぞ」
「ありがとうございます。」
研究者は内心で「ああ。精霊を見た人は"正気に戻ってしまった"のだな。」と推測しながら、王宮を後にしました。
研究者はとりあえず湖の周辺を調査することにしました。
正直、前に見かけた男女のやり取りも気になっていたのです。湖の畔にあるという水色の屋根の家。そこに住みたいと。そして、斧があるだのないだの。
「まさかな?」そう考えていましたが、数日の調査と知り得た話で、最悪な考えが浮かぶこともありました。
「でも、さすがに、それはないだろう。そこまでいくのはあり得ない。」
そう思考すると共に思い出すのは、集団から叩かれていた女の子。
「希望的観測はやめよう」
研究者は必要ないだろうと思っていた、護身用のナイフを懐に隠し持ち、水色の屋根の家を探しに行きました。
湖までには小さな森があります。
不思議なことに小動物がいる気配はありません。もちろん、人に害を与えるような大きい動物もいません。
調査していると散歩をしていたお年寄りが教えてくれました「ぼくたち、みんながアイされているからだ」と。
研究者はこの国に来て、「愛ってなんなんだろう?」と考えるようになりました。
大きい森ではないため迷うことはないけれど、他のみんなが住んでる場所よりも離れたところにあるようで。人の声もだんだんと聞こえなくなり、先を進むにつれ静かになってる気がします。
むしろ、静かすぎるくらいに―――――。
人間、嫌な予感ほどよく当たるもので。
静かすぎる森を進むとわずかなうめき声が聞こえました。
「〜〜〜〜ぅ、あ、〜〜〜」
研究者はそれが聞こえた方角に向けて走り出しました。
すると、そこには頭や身体から血を流したお爺さんがいました。お爺さんはフラフラでそれでも立ち上がり何処かに行こうと歩こうとしてます。
「お爺さん!何をしているんですか!??」
研究者は慌てて駆け寄り、お爺さんの身体を抑えて急いで止血を試みます。
「だめ、じゃ、………だめ…、」
しかし、お爺さんはそんな研究者の手を掴み止血の邪魔をして、立ち上がろうとします。
「何してるんですか?!そんな無茶をしたら死んでしまいますよ??!」
「婆………さ、んの、婆さんの……形見が、、」
必死に止めようとする研究者を邪魔だと、ばかりに払うお爺さんの瞳は濡れていました。
「…形見が、どうしたんですか?」
その言葉に初めて目を研究者に向け「婆、さん……の、形見が、、形見が持って……いかれ、た」と、涙を流して話しました。
「盜まれたんですね?わかりました。後で僕がなんとかしますから、とりあえずお爺さん、止血しましょう?ね?」
そう研究者が優しく諭しても、お爺さんは首を振ります。
「………だめ、じゃ、、だめ、なんじゃ」
「でも、」
「あの、形見……の、石、に、指輪、はアイ……なんじゃ、、あの2人、、死……んでしまう……」
その言葉に研究者は血の気が引きました。
「わ……し、は、いい。もう、いい。だから……、あの2人を助けて………やって、くれ。」
お爺さんは研究者の手を掴み懇願します。
研究者はそんなお爺さんを見て、胸がぐちゃぐちゃする思いでした。
爺さんをこんな風にしたのは、その2人じゃないのか?
死んだ婆さんの形見を盗んだのは、その2人じゃないのか?
それなのに、どうして、そんな2人を自分の命より優先するんだ―――?
そんな想いをすべて飲みこみ、お爺さんの手を握り返しました。お爺さんの手はとても弱々しく感じました。
「わかりました。」
そういうと、お爺さんは安心したのかその場にズルズルと倒れ込み気絶してしまいました。
研究者はお爺さんを大きい木の元に運び、出血の激しい部分だけ止血し、自分の上着を被せると、お爺さんが向かおうとしていた方角に走りました。
少しすると、拓けた場所があり、そこにはきれいな湖が広がっています。
そして、辺りを見回すと男女が言い争いをしているのがわかりました。
研究者はそちらに向かいます。
近づくにつれ、2人の言い争いの声がよく聞こえてきました。
「どうして!!?私を愛してるんじゃなかったの??!」
「愛しているよ!愛しているからだ!!!」
「意味がわからないわ!愛してるならどうして、他の人の指輪なんて……!」
その会話を聞き、男性が女性に指輪をはめようとしてるのがわかりました。
「愛してるからさ!この指輪のアイはとても凄いんだよ!!どんなことからも持ち主を守ってくれるんだ!だから、僕は君が心配なんだ。」
「だからって!だからって!他の人の指輪なんていらないわ!」
女性は必死に抵抗しながらも、男性に指輪をはめられてしまいました。
「待っ―――」研究者の声も手も届きませんでした。
指輪をはめられた瞬間、指輪の石がまばゆい光を放ち「やった!」と、笑う。男性を貫きました。
「「え」」
全員のときが止まったかのように、一瞬の静寂をむかえ正気に戻ったのは女性
「いやあああああああ」
叫び声は森中に響きました。
「どうして?ねえ、どうして?目を開けてよ!!ねえ!!」
女性は頭に穴が空いた男性を必死に揺さぶりますが、男性から応答はありません。即死だったのです。
「どうして!?どうしてぇえぇぇ!!!!!」
研究者は錯乱する女性にかけより「しっかりしろ!!!」
と、声をかけますが、その声は届きません。
「起きて!!起きてぇ!!!」
何度も何度も男性を揺さぶるので、研究者は今後は無理矢理女性の肩を掴み「しっかりしろ!!」と叫びました。
研究者を認識した女性は驚きから静かになりましたが、次の瞬間には瞳に炎のような怒りを宿し研究者を睨みつけました。
「あなたのせいね!あなたがあの人を殺したのね!!!」
「は?」
「そうよね!だって私のせいのはずがないもの!!それにあなた、血まみれだしナイフも持ってる!!!」
「何を言っているんだ!違う!」
「そうよ!!きっとそうなんだわ!あの人を殺したのはあなたなんだわ!」
意味のわからないことを言い出す女性の指輪が今度は淡く光出します。
「ちょっと落ち着け!」
「あの人を殺したあなたなんか!あなたなんか死んじゃ―――」
研究者は死を覚悟しました。
女性に害を与える(と女性に判断された)自分は、きっとあの男性のように―――と。
しかし、その衝撃はきませんでした。
女性が言葉を言い切る前に、女性自身が光に包まれていたからです。
「え……?」
光に包まれていた女性はみるみる大人しくなり、その場に倒れました。
「おい…!」
近づきたくとも、包まれてる光がどういうものかわからず近づけません。
「なんなんだ!」
そのとき、立ちすくむ研究者の後ろから温かい風が吹きました。
後ろを振り返ると、湖。その湖の上に浮いてる人のような何か。
人の形をしているが、ほとんど透けていて、幽霊にしては変な存在感がある。
自然と口から「精霊―――?」と、呟きがこぼれ出た。
《私はこの湖に住む者です》
ほとんど無表情なのに、凛とした声が音を立てずに脳内に流れます。
精霊は少しだけ目を細め研究者を値踏みするかのように見つめて話しかけてきました。
その瞳は、その視線は、その存在は、大したことがないように見えるのに、何故か逆らってはいけない"何か"を研究者は肌で感じ取り、震えそうになってる身体に喝を入れ自らの手を強く握りしめ、その瞳を見つめ返しました。
「あなたに聞きたいことがあってきました」
《なんでしょうか?》
「これがあなたの"アイ"なの、ですか?」
《これ?》
「この、状態です!彼女は彼を殺してしまった。"アイ"を受け取った相手はどんなにおかしくとも、それが"愛"と疑わない!オカシイだろ?」
精霊は何がオカシイのかわかりません。
《争わないことは幸せなことでしょう?》
「それはあなたの価値観でしょう?」
《私の価値観?》
「ええ。そうです。あなたは国のみんなをアイした。争わないこと。善良であること。幸せであること。そして笑顔であること。」
《人にとってそれは良いことでしょう?》
「そうです。しかし、それは自由であることが前提の良いことです。」
《じゆう…?》
「あなたの"アイ"にはその自由がない。そんなのは愛ではない。ただの押し付けです。」
精霊は研究者が何を言っているのか、わかりませんでした。
わかりません。わかりません。わかりません。
ただ【そんなのは"アイ"ではない】
その単語だけ、自分の"アイ"が否定されたのだけは理解できました。
《では、どうすればよかったのでしょうか?》
研究者は内心で怒らせて何をされるかわからない恐怖と闘っていたのですが、精霊はとくに何もせずに、ただ眉間にシワを寄らせながらも話を続けました。
「どうすれば…?」
《そう》
《だって、人は………》
「?」
《だって、人はこの国のみんなは…簡単に殺されてしまったじゃないですか》
「…は?」
意味がわからず困惑する研究者に、精霊は優しく息を吹きかけました。
キラキラ輝く何かが研究者の頭に入り込みます。
昔々、ある小さな国の人たちには
ふしぎな力がありました。
その国に住んでる人は
一生に一度だけ
"愛"を目に見える形にできるのです。
その国の人たちは人を愛することが好きでした。
愛を渡すことが、愛を受け取ることが好きでした。
とても、平和な国でした。
時には子どもたちが誰かをいじめたりします。そんなときは、大人がちゃんと仲直りさせました。
時には仲の良い男女で言い争ってしまいます。ちゃんと話し合って仲直りします。
時には、誰かが形になった愛を誰かの体に入れようとするときがありました。そんなときはみんなで止めました。入れようとした人も納得して仲直りしました。
とても、平和な国だったのです。
ふしぎな力が使える小さな国
そのウワサは人知れず、隣国へと伝わっていました。
【愛を形にできるふしぎな国があるらしい】
【その国はとても平和らしい】【その国のみんなは幸せらしい】
【それは、そのふしぎな力のおかげらしい】
ウワサ話に少しずつ尾ひれが、ついていき
【その国の人を殺せば、ふしぎな力が手に入り一生幸せに暮らせるらしい】
そこからは地獄絵図
人と人が争い、子どもがみんなが泣き、悪意が憎悪が小さな国を覆いました。
抵抗しました。抗いました。
しかし、戦争などしたことのない優しい国の人たちです。
たくさんの人が死にました。たくさんの子どもが死にました。
この国の人たちはみんな殺されました。
そのすべて見て残ったのは、たったの1人
みんなを見てるのが好きだった。
笑い合って幸せそうに生きてるみんなが
好きだった。
守れなかった。悪意から憎悪から。
みんなを。
その1人は、泣くことができませんでした。
そしてその1人は決めました。
愛そう。私が。みんなを。
みんないなくなった小さな国。
残るは放置された小さな国の人たちの遺体だけ。
その1人は愛しました。
《もう争いは嫌いだ》―――みんなが死んでしまうから。
《もう悪意は嫌だ》―――争いにつながるから。
《笑顔が好きだ》―――その方がみんなが《幸せに》生きていける。
その1人はそんな願いを持ちながら、国全体にふしぎな力をまとわせました。
すると、どうでしょう。
遺体の傷がみるみるうちに治っていきました。
その1人の近くにいて、一番最初に目を覚ました人間に言葉を残すと、その1人は湖に消えていきました。
研究者はハッと現実に戻ってきました。
目の前には、すべてを見てみんなを生き返らせ、湖に消えた1人と同じ姿をした精霊。見せられた映像では透けていなかったけれど。
《ねえ、どうすればよかったの?》
再度、目の前の精霊に聞かれ、研究者は言葉がみつかりませんでした。
映像がこの国の過去の出来事ならば、この国の人たちはみんな殺されたのだ。理不尽に。ただふしぎな力を持っていただけで幸せに暮らしていたのに、それを知った奴らに、意味もなく殺されたのだ。
精霊はこの国の人たちが好きだった。
だから、きっと、殺した相手を殺さずにみんなを生き返らせたのだ。
しかし、それでも、研究者は"今の"精霊の"アイ"を肯定することはできませんでした。
「僕は人の生死について言えるほどの人間ではないので、あなたの行為に正解ともダメとも言えないのですが…、あなたはみんなを"愛して"生き返らせてくれたんですよね?それは、僕にとっては嬉しいことです。ありがとうございます。おかげで僕もこの国にいます。」
「しかし、今のあなたは本当にみんなを"愛して"いますか?」
《―――!?》
研究者の問が意表を突いたものだったのか、精霊は目を大きく見開き怒りました。
《なにを?!愛しています!そんなの当たり前でしょう?!!》
「本当に?」
《!何度も言わせるないでください!私は昔から変わらずみんなを―――「昔は!!!」
研究者は被せるように大きな声で精霊な言葉を切りました。
「昔の人たちはどうでした?よく思い出してください。」
《むかし…?》
「そう。あなたが生き返らせる前の人たちです。そして、今と比べてください。みんなは"幸せ"そうですか?」
その言葉に精霊は自分の記憶を走らせました。
笑っていた。幸せそうだ。そんなみんなを見るのがたまらなく好きで、、、殺されて、愛して―――それから?
大丈夫だった。幸せそうだ。
大丈夫だった。笑っている。
大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫。
「本当に?」
記憶にあるはずのない研究者の声が精霊の頭に響いた。
好きだったのだ。だから、愛したのだ。
笑っている?本当に?
幸せそう?本当に?
生き返らせたみんなに悪意を持たせなかった。
心を縛った。
争ってほしくなかったから。
みんなが死ぬのが嫌だったから。
愛したのだ。わかっていた。莫大な力が自分を蝕むのを。
それでも、アイしたのだ。
みんなが死ぬのが嫌だったから。
愛して、愛して、アイして、アイして、
そして?
いつから?いつから?
力が無くなるにつれ、途中からその愛が、、、変わって、いった………?
精霊は人間ではない。人間ではないので、人間の価値観なんて、わからない。
ただ、ただ、自分がアイしたみんなが、自分が好きだったみんなよりも"苦しそう"に見えて、何か自分がとんでもないことをしてしまったのではないか、と。
―――――そんな結論に至った。
《間違い、だったの、でしょうか…?》
《私が人を愛したのは間違いだったの?みんなを不幸にしただけだったの…?》
そんな言葉を放つ精霊にもう、ただただ泣きそうに顔を歪ませた、1人ぼっちの人間のようでした。
「僕は愛したのは間違いだとは思いません。」
「その後が歪んでしまったのでしょうけど、人間は生きてなきゃ幸せも不幸もない。」
「それにあなた、みんなが好きだった。それだけだったんでしょう?」
研究者の言葉にストンッと腑に落ちた精霊は、研究者を見上げた。
《そう…。そうなんです。わたしは、みんなが好きだった…》
《今でも、好きなんです……》
そして決意するように《だから、もうみんなをアイすることを辞める》と、泣きそうな顔のまま宣言しました。
研究者は清々しい気分と共にやっと金貰って帰れる!と口には出さず笑顔で「そんじゃ。」と早々に去ろうとしましたが、精霊に止められました。
「ん?」
《お願いがあるんです》
「え?」
《そのナイフでわたしを刺してくれませんか?》
「は?いや、え、は?いきなりなんなんですか?!」
《だって、私がアイすることをいきなり止めたら、愛することも止めてしまうから、みんな死んじゃうんです》
「!?!?」
《だから!お願いです!!》
「荷が重すぎます!!!」
《湖に金塊がありますよ!あなたお金好きなんでしょう?》
「……ねえ、今までずっと心を読んでたの?怖すぎなんですけど!?!?」
そんなやり取りをして、最終的に笑い合って、
研究者は「言ってることは物騒だけど、まるで人間みたいな精霊だな」と思いました。
研究者は渋々ナイフを取り出しました。
ふと、精霊を見ると、その顔は少しの寂しさと―――――。
「幸せそうで。」
そう、ナイフを刺した瞬間、湖から水が溢れ出し、研究者を引きずり込んでいきました。
気絶する中で(あの精霊、絶対許さねぇ)と恨みながら、研究者は意識を失いました。
目が覚めたら知らないベッドの上だった。
生きているうちに経験したくない経験をした研究者。
「あ、目が覚めたんですね!!」
ちょうど近くに看護師さんがいたため、すぐに状況を説明してくれました。
湖に引きずり込まれる瞬間を、近くにいた女性が目撃。女性は自分がしたこともすべて覚えていましたが、引きずり込まれた研究者を助けるべく、森を走り応援を呼び、研究者は救助隊に助けられました。
「彼女、あなたに謝りたいそうですよ」
ことのあらましを話した看護師はそう言い残し、先生を呼びに出ていきました。
どうして湖に引きずりこまれたのか、やっぱり刺したのは痛くて嫌だったのか。
そう、考えながら視線をフラフラさせていると、干されている自分のズボンのポケットがいやに膨らんでいるのが気になりました。
ポケットに手を入れると――――小さい金塊がいくつか出てきました。
「―――――理由、これじゃねぇよな?」
研究者は顔を盛大に引き攣らせました。
その後、先生から問題ないと判断され、朝には王宮に向かうことになりました。
翌朝、目を覚ますと久しく聞いてなかった小鳥の囀りが耳に届き、
そのことに少しだけ、本当に少しだけ、かなしく感じながらも、
研究者はお金を貰って帰るため、王様に会うべく支度を始めたのでした。
終
エピローグ
昔々のお話です。
ある小さな国に1人の魔女が住んでいました。
魔女はとても強い力を持っていました。
魔女はみんなが幸せそうに生きているのが好きでした。
だから、自分がみんなを怖がせてしまったら困ると
湖の畔に小さな家を立ててひっそりと暮らしていました。
人里離れた場所に住む魔女は
自分の知らない間に隣国に攻め入られてることを知りました。
慌ててみんなを助けようと駆け出しましたが、
心優しい魔女は、みんなを殺す敵を殺すことができませんでした。
殺されました。好きだったみんなを目の前で。
守ろうとしました。闘おうとしました。
それでも、できませんでした。
泣けませんでした。
だって、自分には力があったのに。誰も救うことをしなかった自分が泣くのは、罪だと思ったのです。
愛することしかできないのなら、
みんなを愛そう。
見守ることしかできないのなら、
ずっとここにいよう。
昔誰かが言っていた。
「人の生死に関わるのは"人"の領分ではない」
なら、自分は"人"を辞めよう。
力を少しでも、蓄えるために湖の中で眠りました。
眠っている間に少しずつ力が変わっていっていることなんて知らずに。
人を辞めた魔女は力が変わるとともに、少しずつ人の価値観が失くなっていきました。
珍しく起きていたある時、湖の近くに誰かがいることに気が付きました。
ずっと眠って過ごしていたけれど、人が好きな元魔女はひょっこりと顔を出しました。
しかし、湖の近くにいた人間は湖から姿を現した元魔女を見るなり
「ひっ!!バケモノ!!!」と持っていた物を投げつけ、話す間もなく逃げ出しました。
―――――少しだけ、哀しかったのです。
しかし、自分は人ではないのだから仕方がない。と、哀しんではいけないと。
湖の中に入って再び眠りにつきました。
―――――その人間への、アイが消えてしまったのにも気付かずに。
時が経ち、起きて湖を漂っているとまた湖に人の気配を感じました。
1度いきなり出てって驚かせてしまったので、様子を見守ることにしました。
男女が争ってます。争っている……?
元魔女は自分が愛しているのに?と不思議に思いました。
どうして?
考えている内に話は進み、女性の指輪からアイの力が出て男性の頭を貫きました。
え…?
どうして争っているの?どうして…?
もはや頭は混乱しましたが、その女性は次は駆け寄った男性に向かって光を放とうとしました。
とっさに元魔女はそれを止めてました。
向き合った青年に元魔女は少し警戒しました。
青年がこの国の人間でないとわかったからです。
でも、話しているうちに青年がこの国のことを心配しているのだとわかりました。
―――――結果、自分の愛が間違っていたという、胸が張り裂けそうになる事実を知りました。
間違っていた。好きだったみんなを不幸にしてしまった。
その事実で目の前が真っ暗になっていました。
それでも、青年の「みんなが好きだっただけ」との言葉に救われました。
みんなが好きだ。今でも。
なら、好きなら、私のアイから解放しなければ。
だから青年にお願いしました。
嫌そうにしていた、青年に金塊をあげると約束し、みんなを解放するのを手伝ってもらいました。
―――青年と話す数分間は、とても心が温まる時間でした―――
アイすることを辞めるのは、ちょっぴりかなしいことでした。
でも、みんなが幸せになるなら、それはとても嬉しいことでした。
青年に胸を刺された元魔女は、消えてしまう前に約束通りに青年に金塊をあげようと、湖に入れたのですが……、失念してました。
人は水の中で息が出来ないのです。
慌てて青年の身体を浮上させて、顔を水面に出させました。意識はないみたいでしたが、息は大丈夫そうです。
元魔女は視界の隅に助けを呼びに走り出してる女性を見ました。
きっとすぐに助けが来るのでしょう。
自分が消えてしまう前に、と。少しだけになってしまいましたが近くにあった金塊を青年のポケットに突っ込みました。
もう、ほとんど自分の体は消えていました。
最期に元魔女は青年を抱き締め、
「ありがとう。」―――と、囁くと、その姿は完全に消滅させました。
―――――青年の顔に数滴の雫を残して。
おしまい
愛とは何か?と考えて思考に陥る様を表現しました。好きなものが沢山あって愛憎感情がぐちゃぐちゃでも、それでも愛せるものを大切にしたいですね!
愛の花言葉を持つ薔薇をモチーフにした女の子を描きました。渡そうとしているか貰っているのかは見る人次第。
導くものか超えるものか。
れんげレポート:愛
運命の赤い糸。あったらロマンチックですよね!けれど、ハッピーな結末にならない愛もあります。
愛憎は元は同じモノですが、愛の特性は[幸福]、憎しみの特性は[破滅]。どうしてこんなに差があるのでしょうか。
元は同じモノで、全然違う特性ーーー
私は、人形を連想しました。人形達は材料が同じでも、創造主に何かモチーフを与えられて生まれる。例えば天使と悪魔のモチーフなら、何を連想しますか?一つの愛(ハート)に、真逆の二面性...。
運命に導かれる愛は素敵ですが、例えそれが絡まるバッドエンドへの操り糸だったとしても、愛なら超えていけるかも?そんなイメージを込めました。